天下祭の様子を当時の浮世絵を元に見てみましょう

山王御祭礼練込図 

万延元年(1860)3月 歌川芳虎画 (江戸東京博物館所蔵)

德川将軍家のおひざ元である江戸城内へに練り込みが許された祭りは、まさに「天下祭」の名にふさわしい豪華絢爛なものでした。画面を埋め尽くす見物人と、誇らしげに曳き回される煌びやかな人形山車が連なる光景からは、江戸っ子たちの心意気と祭りの喧騒が聞こえてくるような一枚です。

千代田の大奥 神田祭禮上覧

明治28年(1895) 揚州周延画 (東京都立中央図書館所蔵)

天下祭と呼ばれた神田祭、山王祭は隔年で江戸城吹上にて将軍家の上覧を受けました。山王祭が「お上(かみ)のお祭り」に対し、神田祭は「御前様(ごぜんさま)のお祭りと称されました。明治を代表する浮世絵師の一人、揚州周延によるこの錦絵は、德川幕府時代には描くことが禁じられていた江戸城の内部で、ただひとつ人形山車が曳かれた様子を描いた作品であると思われます。

名所江戸百景 麹町一丁目山王祭ねり込  

安政3年(1856) 歌川広重画 (東京都立中央図書館所蔵)

山王祭の山車が半蔵門から江戸城へ入っていく様子が描かかれています。山王祭は山王権現(現日枝神社)の祭りで、神田祭(かんだまつり)とともに「天下祭り」と言われました。神田祭と隔年で行われ、江戸城の吹上にある上覧所で将軍や御台所の上覧を受けました。祭には様々な山車が繰り出されました。画面左の白い羽は、諫鼓鳥(かんこどり)の山車の鶏の羽といわれており、行列は右手の半蔵門から江戸城へ入ってゆくところで、中央には猿の山車が小さく見えます。