
万延元年(1860)の山王祭は、江戸後期祭礼文化の最終的成熟段階を示す事例として知られている。その際、日本橋檜物町から出された二十五番山車「玉の井龍神」は、複数の浮世絵師によって描かれたことにより、図像史料が豊富に残る特異な山車である。
本研究は、この万延元年山王祭二十五番檜物町山車と、現在千葉県佐倉市新町(肴町/二番町)に所在する江戸型人形山車との同一性を、図像学的・歴史的観点から検証するものである。
従来、山王祭研究は番付構成や町組制度を中心とした制度史的研究が主であり、個別山車の実物比定研究はほとんど行われていない。本稿は、浮世絵四資料と現存実物との精密比較により、現存山車が万延元年檜物町山車の継承体である可能性を論証する。
- 「山王祭山車一覧」(部分) 画風から歌川芳藤画と推察される
(国立音楽大学附属図書館 竹内道敬文庫所蔵)
■ 檜物町「玉の井龍神」の一致点
・彩色情報を含む全体俯瞰構図
・幕色・装飾色の再現性を確認可能
・龍神人形の人面相、白頭、龍戴冠、右手の打杖、左手の釣針
・中高欄彫刻意匠、幕意匠構成
三味線胴部分は、意匠変更の可能性、絵師による省略・誇張、摺工程上の簡略化が想定される。

- 「山王御祭礼番附」(部分) 豊原国周画
(江戸東京博物館所蔵)
■ 檜物町「玉の井龍神」の一致点
・龍神人形の人面相、白頭、龍戴冠、右手の打杖、左手の釣針
・三味線胴の波文様彫刻が明確、中高欄彫刻意匠
龍神像は一般的図像ではあるが、「白髪長髪+打ち杖+釣針」という組み合わせは定型ではなく、個体的特徴とみなすべきである。

- 「山王山車つくし」(部分) 歌川芳虎画
(東京都立中央図書館所蔵)
■ 檜物町「玉の井龍神」の一致点
・彩色情報を含む全体俯瞰構図
・幕色・装飾色の再現性を確認可能
・龍神人形の人面相、白頭、龍戴冠
25番檜物町、上槇町が一台で描写されているため、再現性に疑問あり。

- 「日本橋檜物町組上絵」 歌川芳藤画
(さくら天下祭実行委員会所蔵)
■ 檜物町「玉の井龍神」の一致点
・彩色情報を含むより細緻な全体構造図
・四方幕の貝文様・装飾色、錦絵と実物の連続性など再現
・龍神人形の人面相、白頭、龍戴冠、右手の打杖、左手の釣針
・中段高欄・彫刻、唐草波濤文、透彫構造、立体奥行表現の一致
三味線胴部は、立版古では簡略化されるが、これは組上絵という性質上、構造を強調するための図式化と解される。

